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生と死

 

ブログへお立ち寄り下さる皆様、いつも大変お世話になっております。まだまだ不安の残る日々の生活の中、これから先どう共存していくのか考えて考えてお過ごしのことかと存じます。

何かに対せる不安を抱えての生活は今に始まったことではないのかと

 

目にみえない物事に対して感じる事、いくらでもあります。

その中でも、誰しもが背負う運命にある、生と死。始まりがあれば、終わりもあるとよく言われますね。そのまた逆も。

それらを例えたお話しを、ある大先輩より教えて頂きましたので、今回ここでご紹介させていただきたいと存じます。

 

「トンボとヤゴ」 ヤゴとは、トンボになる前の幼虫で水中で泳ぐ昆虫です

ある池に沢山のヤゴがおり、その中で最も仲の良い2匹のヤゴがおりました。ある日から、仲間たちが水中から出ていき戻ってかなくなるようになりました。次から次へと仲間たちは池からいなくなってゆきます。そんな時、2匹は、‘外の世界が不安である‘と話し合います。もし、どちらかが一方が池のそとへ出ることがあったら、必ず戻ってきて、外がどんなだったか教えに戻ってこようね! そう堅く誓い合うのです。そこで訪れた機会。約束を再確認しあい、外へと出た1匹は最後の脱皮後、トンボとなり大空へ旅立つのでした。彼は、自分の知らなかった素晴らしい外の世界に、今まで不安に過ごしてきた事が間違いであると気付くのでした。そのことを伝えたくて池の周りを飛廻ります。しかし、残されたヤゴに伝える手立てはないのです。どうしても出来ません。彼を待つ池の中のヤゴは、ひとり悲しみます。ただただ、自分の番を不安に感じながら待つのみなのです。生と死とはこういうことかもしれません。

考えさせられます。

 

文十鳳凰殿 平安会館 家族葬の結家

担当  福井 萌子