雪の降る日、家族葬の結家 西尾上町にてお葬儀のお手伝いをさせていただきました。
まずは、故人様のご長女様よりの会葬礼状を紹介いたします。

『百年の歩みに 幾多の笑顔の花を咲かせました』
いつの日も明るく前向きで、自分のことより周囲を思いやるのが常でした。
その性格は、沢山の人と支え合ったことによるものかもしれません。
若くして東京大空襲を経験し、慣れ親しんだ町は一変。
その後東京を離れ身寄りのない場所で私たち三人の子を育ててくれました。
伴侶を三十九歳の若さで見送ったあとに、祖父母のすすめで故郷に戻ってきました。
『波瀾万丈』の言葉の通りの人生だったのですが、
「昔は苦労が当たり前」と私たちに話してくれた母の瞳は本当に真っ直ぐで澄んでいて…
ただただ頭が下がります。
ですから、子育てが一段落してから自分の趣味を楽しむ姿を見ることができて、私たちも嬉しかったものです。
旅行の御朱印集め、カラオケを楽しみ、卓球は九十歳頃まで打ち込んだでしょうか。
奇しくも葬儀日当日は母の百一歳の誕生日。
皆でお祝いすることは叶いませんでしたが、向こうで待つ家族が母を拍手で迎えてくれるに違いありません。
私たちは母がいつまでも笑顔でいてくれるよう願い、去りゆく背を見送ります。
「お母さん 頑張ってくれて 本当に本当にありがとう」
~子供たちより
会葬礼状にございます通り、故人様は百歳。葬儀日は百一歳を迎えるはずでした。
…百一年前、美しい雪景色の日に生まれた女の子は『美雪』と名付けられました。
そして、百一年後の美雪様の旅立ちの日、この日も雪景色で美しい日でございました。

通夜の日は少々雪が吹雪いていたこともあり、ご親族の皆様方も「美雪さん、ちょっと降らせすぎよ~」と冗談を言っていたほど。
もしかしたら、美雪様が101年前の景色を皆様に見せてあげたかったのかもしれません…。
※※ご親族様に許可を頂き、お名前をお出ししております。※※

家族葬の結家 西尾上町にてお世話になりました皆様、忌明けの法要も終え、落ち着いた頃ではないでしょうか。
あの雪の日から季節は変わり、暑さが日に日に増してくるこの頃ではございますが体調等崩されませんようお気をつけ下さいませ。
家族葬の結家 西尾上町
担当 伊藤里帆
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