「父は私 たち家族にとって とても大きな存在でした」

漁師と畑仕事をしていた父は、サラリーマンの方々ならばいないような時間帯にずっと家におりました。
ゆえに父は様々な家事も全て自分ででき、中でも料理は非常に得意で、私たち子供も孫も、父の作るカレイの煮付けが大好きでした。
車二台分ほど離れたスペースに私が家を建てたこともあり、孫たちの面倒も幼い頃から父と母がよく見てくれました。
いつもニコニコ笑顔で見守っていてくれたおかげで、私たち家族もおだやかな心地で生活することができてい たのだと、振り返るほどに改めて父という存在の大きさが身にしみます。
父なくして私たち家族はいませんし、いまでもふとした瞬間にあの笑顔を思い描くことがあります。
「ここにお願いしよう」という気持ちがもともとありました

多くの方がそうだと思うのですが、正直、どの葬儀社さんにどんな特色がある、といった知識を私はほとんど持っておりませんでした。
ですが数年前に、一色斎場でお式に参列した際、こんなにいい場所があるのかと驚き、もしもの時にはうちもここでやりたいねと家族できめていました。
母を見送った経験もあり、段取りから何から、親身になって相談に乗ってくれた石橋さんにお願いしておけば大丈夫だという安心感がありました。
決まりごとなどで分からないことがあってもそっと上手にフォローしてくださいましたし、すべてをこちらにあわせてくださったこと、非常に有難かったです。
変に背伸びをする必要もありませんでしたし、なにかを無理に押しつけられることもなく、文十さんなら任せておけば大丈夫という気持ちでした。
門脇さんのあたたかいお心遣い、さりげない優しさにずいぶん助けられました。
身内だけの家族葬でしたが 身内だけだったからこそ 気負うことなく見送りができました

今でも覚えているのは、私たちが持っていった似顔絵を「飾りましょう」「飾りますね」といった言葉はなく、ごく自然に上手に展示してくれていたことです。
ときにはざっくばらんに話をしてくれたり、必要なときに色々と察して行動してくれたり・・・。葬儀の主役は家族であるという気持ちを、平安会館の鳥山さんはきっと持ってくださっているのではないでしょうか。
全くでしゃばってこないのに、ふと横や後ろを向けば必ずいて、あたたかく支えてくれる、そんなイメージです。
嫁や子供に、「もうちょっと挨拶やお辞儀をちゃんとしたほうがいいんじゃないか」と私が言われたくらい、変に緊張することもなく、本当に自然体でお葬儀の時間を過ごすことができました。
父への「ありがとう」の想い 届いたと信じています

父は入院生活が長かったのですが、このコロナ禍で見舞いに行くことができず、本当ならもっとなにかやってあげられること、できることがあったのではないかという気持ちは、いまだに胸の奥にあります。
本人も、面会できないということは理解していたので、納得して「こなくていいよ」とは言ってくれましたが、きっと寂しかったと思います。最後の時間を一緒に過ごせなかった心残りはありますが、お葬儀に関しての後悔はありません。
家族で集まって、父をきちんと見送ることができました。満足いくお別れの空間を作っていただいて、心から感謝しております。
助けてくださって、お力添えくださって、本当にありがとうございました。